伊語とイタリアふつう生活 
by zefiro04
目に見えないもの
あやうく火ダルマになって死にソーになりました。

不思議なことに、髪は前横後ろととこどろどころチリチリに焼けたのですが、顔は無事、左上半身を火に包まれるも少-し胸と背中に跡が残った以外は全然無事でございました。着ていた服も燃えカスになって体に張り付いてたんですが。。なんともナス。

不思議なぐらいなんともナス

思わず生きてることに感謝しちゃいましたよ、神さんに。

たまーになんですが、フとナニかを感じることがございます。別に霊とか神とかそんな霊能者的なことを言うんじゃこざいやせん。なんとなーく。ぐらいなこと。


イタリア人って、一般的に幽霊とかそういったモンって信じない民族のようです。

あるイタリア人と歩いているときに、元病院跡地を通り過ぎたので「うっわー、なんかコワイわ~」と私が言うと、なんで怖いって感じるのか分からんとキョトン。それがキッカケで色々話してみるに、どうやら幽霊とか念とかそういった目に見えないモンに対しての恐れや畏怖って感覚がその人には全然なかったんですよね。

他の数人のイタ人と話しをしてもそんな感じだった&図書館に行って、イタリア発の幽霊本なんてのも探してみたのですが、見つからなかったんで、一般的にはその辺の感覚は日本人とは異なるようであります。

なんつーか、即物的

って言っちゃうと短絡的でしょーかねぇ。。

3月は日本へ行ってたんですが、久々に感度高し~な友や人たちと会ったり、知人の知人ではあったのですが、初対面の占い師さんに声かけられてひょいっとドライブに同乗して、神域(?)っていうんでしょーか、そういう神聖な場所を通ってみたり、たまたま便乗できてニッポンの聖域である伊勢神宮に行き、ラッキーにも普通は入れない場所に入って、舞まで見せてもらっちゃったり。。

別にそういった中から何かが見えるようになったとかではないんですが、自分に纏っていた空気感が変わったというか、ちょっと汚れてたものが洗濯されてキレイになった気がした一時帰国でございました。

そんなことを思ったのはですね、やっぱこちらへいると私ってば外国人で、当たり前ですが日本にいるようなわけには行かないわけですよ、大抵何をするにも。

イタリアって、自然も多いし古い歴史あるものをのこしたりと良いとこも沢山あるんすけど、システムの悪さとか世知からい人の多さってのも凄まじいもんがあって、「なんか空気ピリピリしてんな」とか、「うっわー息苦しっ」、「イイ年こいて、そーいうことしちゃうっ?!!」なんてのや、ここにも随分書いてるんですが、自分さえ良ければイイ大人たちの振る舞い。。えとせとら、な場面に遭遇するたび、ドッと疲れてエネルギー値がダウンダウン~。となってしまうも、回復する手立てがえらく少ないこともあって、上手く言えないんですが、ヨドムんですよ、なんか。

そういったままならない状況下にあるのと、私なんかからしたら即物的(ぴったしくる言葉思い浮かばないんでとりあえずコレで)に感じられる社会に身を置いてると、なんつーかエネルギー消耗しちゃってるよなー、吸われるちゃってるなー。なんか濁ってきてんナー。って感じることが多いんスよねぇ。。

まぁ、そんなん気のせいかもしれないんですが。

そういったモクゲキ系でドッと来ることプラス、イヤーなことがあったり、会うとドッと疲れるというかエネルギー吸われたかもぉな人と遭った後とかとか、更に更にドヨンドヨンとしてくる気がするんですよね、空気がドヨン。

それを回復(?)するにも回復力がノロいのか、ダメージがデカすぎなのか分からないんですが、よどみがスッキリ取れなくて、溜まってく気がするんですよね。白いもん洗濯して、少しづつ煮しめたような色になってく感じ。

気のせいかもしれませんが。。

しばらくぶりに日本に戻って、どういって言いか分からんのですが、目に見えないものへの気づき(?)、う~ん、上手く言えませんが。。や、目に見えないものへの畏怖とか、日本的な良い意味での察しとか、そういったものって国関係なく人が生きて行く上で大切なんじゃないかナー。なんて思ったのでした(察しなんてのは、相手への想像力を要するわけだから、悪かないですよねぇ)

そういった目に見えないものが、空気をドヨンともさせ、空気を清浄化させもする。って気もするんですが、どうでしょ。

多分、自分が察し大国ニッポン出身ってのもあるのかもしれませんが(もち、゛察し゛が必ずしもいつでも良いことばかり。って意ではないですが。。)、でも良い意味で察し力が発揮できたら、人を思いやる気持ちにもつながってくと思うんで、社会の潤滑油にもなるんじゃないかナー。ドヨンな衝撃があっても、清浄化させる力も全体に満ちてると、ドヨンを溜め込むことも少ないんじゃないかしらぁんと考えてもみたり。


たまに周りのイタ人たちに、空気を読むとか、人に気を使うとか、調和をつくるというか探す、うーん、例えば皆でいてポツネンとしてる人がいたら、なに気なしに声かけて皆でイイ雰囲気になるよう気を使うとか。。

そういったことって大切なんよ、日本では

なんて話すと、「おぉ~、スンバラシイなニッポンはー」なぁんて言われたりします。

やっぱこういう感覚って、世界共通で良いことなんだと思うんですよね。ギスギスぴりぴり、他人は信用できず。なぁんて空気がふうわり漂う社会に身を置いて、しばらくぶりに日本帰って空気の洗濯(?)してきてヒシッと身に沁みて感じるのであります。

目に見えるものだけを信じるって分かりやすいんだけど、なんかゴーマンな気もしてみたり。でもイタ人ったら、教会に行く人もそこそこいるし、魔法に関する伝説(?)はあったりするんだけど、もっともっと身近なことに関する゛目に見えないこと゛には興味ないみたいなんですよね、ちょい不思議。

先日、マジで火だるまちゃんになりそになって、無事生還(?)して、「もしかして、助けてもらえたのかもなぁ」という考えが頭をよぎり、ちょっと考えちゃったのでありました。

信じるも八卦、信じないも八卦

でもこういう敬虔な気持ちや畏怖する気持ちは生きてく上で悪かないだろ。と思いマス。イタリアでは損ばっかしそうだけど(笑)
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by zefiro04 | 2009-04-02 04:15 | ほんの日常
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