伊語とイタリアふつう生活 
by zefiro04
人種差別
それって、人種差別でしょ」と、ある日本人さんにすでにネタと化している、過ぎ去りし日のイタリア教習所物語を語ったときに言われた一言でございます。

あれって、人種差別だったんだろか?

あれから随分経つのに、初めてそんなことを考えてしまいましたです。

まぁ、大枠だけを話したので、この感想を述べた日本人さんからしたら、イタリアのことを知らないんですから、日本のサービスからは著しく有り得ないことされた(と日本を基準にして考えるのは普通ですわな)。生徒とはいえ、お金払ってる客に対して→そんなことは有り得ない→ドウシテダ?→人種差別ダ。

多分、そんな流れかナー。と推察した次第でございます。

私はといえば、基本的教育の著しい欠如→カネもらった分は働いてんだろー(異議アリですが。。)。だからあとはどーだっていいんダヨーな考え→よく言えば、ぷりみてぃぶ。悪く言えば、人間になれなかったサル。。→仕方ナシ。。

ということで、人種差別なんて言葉は全然浮かばなかったのですが。。

でも日本を基準にしたら、そう思っちゃうだろな。と考えたのでありました。日本の教育低下が嘆かれる昨今ではありますが、一般的に接客業においてはいくら教育やモラルの低下が叫ばれても、私が受けたシツレーさが普通にのさばるほどの土壌はまだ日本にはナイ。と信じたいので、人種差別のギモンを投げかけられても゛日本てイイな゛となぜかホツとしてしまったのでした。

だって、私の教習所体験をイタ人に話したら、「あ、有り得んっ!!」って言う人もいましたが、「そんなもんよ」って言う人もちらほらいましたもんね。

でもよく分からんのは、ヨーロピアンって多かれ少なかれそんなとこある人多いヨ。っていうのが普通の生活してると分かるかと思うんですが、何かというと、「人種差別ダ」と一括りにしちゃう人がいるのであります。この辺の区別って難しいんですが、色々状況を考えてみても、絶対にソレは人種差別なキモチからの行為っすよねぇ。ってのは、今パッと思い返してみても私は2回でございます。

これが多いか少ないかは分からんですが、パリで2回ほど。

大したことないですが、喫茶店とアイスクリーム屋にひとりで行ったら、呼んでも無視。目の前で声かけても無視。私の後から来たヨーロピアンが来たらホイホイとオーダー取りに。ってのがありました。そんな明らさますぎる店員の態度に他の客がフォロー入れてくれた時に、「これ、差別っすよねぇ」と思ったんですけどね。

そういやアルバニアの姉ちゃんも、何かっていうといかにイタリア人が自分を人種で差別するかというのを説いて回っては、イタ人のみならず、他外国人たちをもウンザリ地獄に落としてくれておりました。

在欧10年以上の日本人友に、差別ってされたことあるか聞いたら、「あぁ、人種差別されたのって実際は思い当たらないんだよねぇ。されてんのかもしんないけど(笑)。でもたまにいるよ、何かっていうと゛人種差別された゛っていう人さー」だそう。

私もたまーに耳にするんですが、差別されたー。って言ってなんでもかんでも片付けちゃうのって、簡単なんですよね。結構。

本当はどうなのか、実際はどうだったのか。自分の態度はどうだったのか。とかとか、不愉快な思いをした→自分が外国人だから。と単純思考で終了しちゃうと視野がどんどん狭くなっちゃうし、なぜか攻撃的で被害者意識がエラク強い人になってしまう人もちらりほらな気がいたします。

確かに人種差別って存在して、酷いものになると殺し合い。なんてのに発展してしまうものもあるわけですが。。例えばイタリアという国でこれだけ外国人が増えた中で生活してると、もうそれが差別なのか、ただ単にシツレーな奴なのかってのがビッミョーなのであります。そんな全ての不愉快なことをひっくるめて単純に軽々しくなんでもかんでも人種差別で括ってしまうのは、なんか腑に落ちないんですよね。。

゛差別゛された。と言ってしまうと、弱者になってしまいますでしょ。

もしかしたら、自分の態度が悪くてとか不備があって不愉快なことされたのかも。自分の非もあるのかも。と振り返るとこまで行かないし、まぁ、不機嫌なのを顔に出しちゃう民族だしー。とか相手の立場に立って(?)とりあえず考えてみる。なぁんて想像力も欠けてんだな、この人。と、何かっていうと考える前にすぐに゛差別゛だと連呼する人を見ると思ってしまうんでございマス。

なんとなーく、甘えも感じちゃうんですよね。えぇ。

ちょっと話しは飛びますが。。日本での問題やニュースを見てたら、ザイニチさんたちの特権についての話しを目にしましたです。それからいくつかググッてみて、「彼らにとっては、特権を得続けるために差別って必要なんですよ」なんて意見もあって、ちょっと考えることしばし。。

特に゛人種差別゛という言葉は、重い言葉だと思うんですよね。

どう贔屓目に見ても、ポジティヴなとこってない言葉だし。これだけ強い響きを持ち、どこか腫れ物に触るよなタブーっぽいイメージがあるが故に、それを逆手に取る人たちもいるわけで。。

もち差別をする行為そのものはゲゲッではありますが、こういった言葉を気安く気軽に(?)、ときに手段として使ってしまって、そこからなにかしらの同情(?)やら正当性、はたまた利益を求めるのは。。。なんか考えちゃいますね、やっぱ。

そんなことも含めツラツラ考えて、グルッと最初に戻って。。
私のイタリア体験談を聞いて゛人種差別゛と言うた人(日本在住の尊敬できるしっかりした方でございマス)からしたら、有り得ないぐらい重ーいイカンことだったんだろなぁ。と思い至るのでありました。

多分、外国に住んで何かっていうと゛人種差別゛を連呼する人は、自国の基準そのままで言うてんのかもだから、在住国に馴染めてないのかもな。あぁ、そういえばアルバニアの姉ちゃんもだけど、ヒキコモリな人多い気するなぁ。。う~ム、でも柔軟性のないイコジでプライド高い人って気もするなぁ。。だからどんどん孤独を深めて行くというか。。

なんか、カワイソになってきたりして。。
(って、やっぱし゛甘え゛ですよね、コレ)

でも本当は、自分が鈍いから気づかないだけで、実は知らない内に差別されまくってたりしてー。なんて考えもチラとはあるんですが。。どうなんですかね、実際。

゛人種差別゛ってこんなにへびぃな言葉なのに、意外に見えにくいことが多い気がするんですよね、不思議。
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by zefiro04 | 2009-05-05 06:03 | ひと
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