伊語とイタリアふつう生活 
by zefiro04
怒れる人
バスが停留場で止まったおり、運転手が4人がけの向かい合わせの座席に座っている学生が前の座席に土足で足を乗せているのに気付いたらしく

「これは俺のバスだ。座席に足を乗せるのはやめてくれ!俺と俺のバスに敬意を払ってくれ!」と言い放った。

イタリアは人が悪くなってきた。。と言うイタリア人の言葉を何度か耳にしたことがある。
確かに、たびたび傍若無人ぶりが目にあまる人たちにも出くわすが、
同時にその彼らに怒れる大人も、私は目にしてきた。

そして、その度に私は「安心」を感じている自分に気付く。
危険に迫られても、誰かが手をさしのべてくれるのでは、と思える「安心」だ。

以前、都内でアルバイトをしている時、仕事上の義務から、あるお客さんに注意をしたことがある。「申し訳ありませんが。。。」という形でだが、そのお客さんは逆ギレで
「お客の俺になに言いやがる!」と大声で怒鳴りちらした。

騒動がなんとかおさまったことろへ、顛末を見ていた年配の女性のお客さんが私に近寄り
「私も一言あの男の人に言ってやろうと思ったんだけどね、やめといたワ。
あなたはまだ若いからわからないだろうけど、あぁいう頭のおかしい人には、
ハイハイ言ってればいいのよ。何も言っちゃだめ。あなたが正しいのは分かるけど、
ハイハイって言ってればいいの。ああいう人って何するかわからないんだから。
若いから分からないと思うから教えてあげるワ」と言われたことがある。

この言葉に、心底脱力し怒りを覚え、えもいわれぬ怖さを感じたのを思い出す。

日本であれ、イタリアであれ、どこであれ、トンデモさんはどこにでもいる。

私にとっては、迷惑行為などを行う人たちに対して、人々がどう接しているかというのは、
大事な心の安全基準になっている。

東京という大都会に通っていたためか、こんなえもいわれぬ怖さを感じることが多くあった。今は田舎という場所柄か、それともたまたまか、はたまたお国柄かは分かりかねるが、怒れる大人を見ることが増えたことで、この種の怖さは少ない。

先日、ミラノに住む子持ちで大学生のご婦人に
「最近、イタリアは人が悪くなってきててね。。」と言われ、それに対して
「そうですかぁ、日本もですねぇ」との私の答えに
「日本ほどじゃないけどね」とご婦人。

返す言葉が見つからなかった。。。
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by zefiro04 | 2005-01-17 23:21 | ひと
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