伊語とイタリアふつう生活 
by zefiro04
カテゴリ:ほんの日常( 75 )
習慣の交差点
知り合いのイタリア人女性に「最近どお?」と聞かれたので、前述の洗濯物の一件を話した。

大・大爆笑された。。。

なんか真剣に悩んでいた私がアホに思えてくるくらい笑われた。。。

彼女は笑いながら「分かる、分かるわよ~。日本人ってこういうのダメなのよね~」と
笑いながら苦しそうに言うので「いやぁ、私もね。これがカッチョイイ~イタリア-ノのパンツだったら別にいいんですけどね。。」とか冗談(本気?)も言えるほど、この笑いでなんだか気持ちが軽くなった。

そして、「イタリア人は、他人に見られるところに下着を干すのなんてなんとも思ってないのよね。この考え方ってすべてに渡っていて、周りを気にせず、ずうずうしい態度をとる人も多いのよ。良くも悪くもひらけ過ぎとでも言うのかなぁ。でもね、彼らの良いところは、こちらがどんなにそのことで迷惑や不快感を被っているのかを丁寧に話せば、ほとんどの人が聞いてくれる心の余裕を持っていることだと思うのよ。あなたは日本人でイタリアに住んでいるわけだけど、日本人として培った習慣とかをわざわざ曲げる必要はないわよ。だから彼らには丁寧に、習慣が違うことによって感じる不快感を話して、どうにかして上手く折り合ってもらえないものかを話してみなさいよ。ちょっと彼らは難しそうだけど、聞いてくれるんじゃないかしら。それと、そういったイタリア人の習慣とか性質とかを少しずつ身に着けていって、日本の習慣と上手く両立させていけるようになるといいわね」と笑いながら話してくれた。

で、どうなったかというと。。。。
相方が大家さんに電話で、上記のようなことを話してくれ、その甲斐あってか、うちの出入り口前には洗濯物ののれん干しも、パンツの置き干しも控えてくれているようだ。感謝である。
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by zefiro04 | 2005-02-11 06:35 | ほんの日常
洗濯物
1階に、手強そうなお姉さまたちが引越してきた。
50代くらいの娘&母親のお二人。

趣味か日課かわからんが、二人生活には似つかわしくない大量の洗濯ものを毎日する。

ここまでは別に人それぞれなので、どうでもいいことなのだが、
その大量の洗濯物を、なんと2階のうちの前にこれでもかっ!と干されるのには
温和な私(と信じている)もさすがにブチ切れてしまった。

公共のスペ-スではあるが、テ-ブルの上にズラッと置き干しされた
お姉さま方の特大パンツや、我が家の出入り口前にズラズラズラ~リと干された
洗濯物。のれんよろしくその間を出入りし、その直後に特大パンツたちとご対面の毎日。

許せん。

その上、私もたびたび洗濯物を干すのに使用していたのだが
彼女たちがやって来てからこの有様で、私の洗濯物を干すスペ-スなぞない現状。

やっぱり、許せん。

そんなこんなを相方に相談するも、どうやら現状を見ていないので、ピンとこないらしい。
それと、イタリア人は洗濯物に対する感覚が日本人のそれとはちと異なっているらしい。

少なくとも日本人は、下着を他人が自由に行ききする場所に晒すのは「恥ずかしい」と感じると思うし、下着専用洗濯機なんてのも発売されていた。以前、年配のご婦人が、自分のマンションの階のベランダに、公共とはいえ階下から布団やら洗濯物やらを干しにきて、窓を開けるたびにそれらを目にすることに憤っていた。そのことを大家に訴えたところ、すぐに張り紙をしてくれる処置をしてくれた。というのを話してくれたことがある。

イタリアでは、干して何が悪い。見られて何が悪い。それによって不快感を持つ方に問題がある。って考える人が多いらしい。(どこを取って多いかはナゾだが、うちのご近所連は洗濯物プライバシーには無頓着なご様子)

別に悪くはないが、皆が使うテ-ブルにパンツの置き干しや、他人の玄関前にズラッは
やっぱりさすがにマズイでありましょ。それと、公共の場所なんだから、私にも使用権利はあるわけで。。もちっと気ってもんを使っていただきたいわけで。。。

そんなこんなで、この週末。。。
やっとこさ、この現状を相方が目にし、「やっぱ、こりゃマズイ」というのでいざ直談判。
と相成ったわけですが。。。

あぁ言えばこういうで結局埒あかず。
せめて私たちのためのスペ-スを残してくれ。と頼むも、「そんなん知るか」と無碍なお言葉をいただきスゴスゴ帰宅。。。

どうやら彼女たちはジャイアン的思考の持ち主らしい。
「自分のものは自分のもの。人のものも自分のもの」ってな感じなのであります。
アパ-ト入り口の公共の廊下もすでに我が家の自宅玄関状態。。。
困ったもんだ。。。

実は最初は、「私が直談判にいっちゃる!」と、直談判用イタリア語も用意していたのですが
相方の「まぁ、待て。僕が行くから」で待ったはいいがこの結果。

仕方がないので、「水戸黄門作戦」に切り替えることに。
要するに、大家から一言言うてもらいましょ。ってことです。もしくは大家さんから一言「そりゃイカン」ってお言葉をもらって、それを水戸黄門よろしく振りかざそう。と。。。
いいのか悪いのかは分かりませんが、本人同士だけで話し合いをして、平和的解決を望むのは不可能と判断した結果であります。

しかし、効くのでありましょうかね。
テレビのようにひれ伏さなくとも、少し控えてくれればいいんですけど。。

もし、ダメなら。。。

さてどうしよう?
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by zefiro04 | 2005-02-07 04:05 | ほんの日常
仕事中のホッと一息に、ヌ-ドカレンダ-
毎年、次の年のカレンダ-を書店や売店などで目にすると
「あ~、今年も無為に過ごしてしまった。。来年こそはっ」と、決意も新たに、
来年のカレンダ-の物色をするのが(見るだけ)私の恒例行事でありますが、
今年はこちらに住み始めてから最初の年ということで、この物色に相方を伴い、
イタリアカレンダ-事情を調査(?)すべく、久方ぶりにミラノくんだりをブラブラして
参りました。

と、トある書店に置いてある男性ヌ-ドカレンダ-に目がとまり
「ヘ~、誰が買うのかねえ」と私。
同僚の女性が買って持って来たよ」とのこと。
「。。。。」。

こちらでは、会社内に女性ヌ-ドカレンダ-を飾るのはごく普通のことらしく、
すでに彼の会社内にも数点のヌ-ドカレンダ-が壁を彩っているそうな。
そこへ、女性社員が男性のヌ-ドカレンダ-を持参。
日本だったら「ありえね--。スゴスギ~」。となるところですが、その後の展開はというと。。  

なんと、日ごろは仲の悪い男性社員同士が一致団結して、この女性社員に
「なんで、オトコの裸を見ながら仕事しなきゃいけないんダ!気持ち悪くて仕事が
できないから外してくれ!」
と抗議するも、
「あんたたちに女のヌ-ドが必要なように、私には男のヌ-ドが必要なのよっ!」の一喝により、今では女性のヌ-ドカレンダ-にまじり、男性のヌ-ドカレンダ-もはられているそうです。仕事中のホッと一息にヌ-ド。。。一息つけるのかなあ~。

カレンダ-ひとつとっても、お国柄ってあるのですね。。。
それにしても、女の人、強いです。

ちなみに、職種はかなりお堅い分野です。
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by zefiro04 | 2004-11-30 04:41 | ほんの日常
「祈り」のある生活
幼稚園がお寺だったためか、子供の頃から「祈る」ということが
今でも日常になっている。
日本に居る時も、道すがら神社やお寺があれば、ちょっと
手を合わせるなり、頭を下げるなりして通り過ぎていた。

今は、幼稚園の卒園祝いでもらった、小さな手を合わせている人形に
毎朝ちょこっと手を合わせ、アパ-トの階段に飾ってあるマリアさんの
肖像画に軽く頭を下げ、モナリザの肖像画に「今日も機嫌イイじゃん」
と声を掛け、家を後にする。

学校のある町にバスで着くと、時間のある時は教会へ寄り、一休みして
から授業へ向かう。

教会に座っていると、ひっきりなしに人が訪れ、祈ってゆく。
深く祈る人、軽くマリアさんに挨拶し足早に立ち去って行く人。。
小学生や会社員、主婦や老人。。。年齢も服装も様々だ。

神を信じない人を 「ATEO」アテオ と呼ぶ。
私は信じるも信じないも、人それぞれで良いと思っているが、
何かに迷った時、すがりたい時、誰にも話せないけど話したい時に
ちょこっと気軽に立ち寄れ、祈る、という形にせよ、誰かに相談できる
場所があるのはとても良いことだと思う。

先日、タイ人のクラスメ-トに、教会の合唱に参加してることを話したら
「エ--、あなた仏教徒でしょ--」と驚いていた。

よくも悪くも「eqiovoca e flessibile」曖昧かつ柔軟、な民族性によるものか...
自分としては、この柔軟性(?)のおかげで享受できる恩恵に感謝している。
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by zefiro04 | 2004-11-17 17:45 | ほんの日常
そら
夏の始まりの頃の夕暮れ時に、教会で合唱の練習があった。
私が教会に着いた時には、すでに参加者が集まっていて、
「まだ鍵開かないから、みんなで空見てんの。今日は特別キレイだよ。
ここ座んなよ」
と、教会の前の階段から手招きしてくれた。

その日の空の色は、印象派と呼ばれた画家たちの絵に描かれた空を彷彿とさせる色で
「印象派と呼ばれる画家さんたちは、本当は写実派だったのかもなあ~」
と感じ入ってしまうほどだった。

そういえば、子供の頃は、よく空を見上げていた気がする。
大人になってから空を見上げるのは、天気を確認する以外では滅多になかった。

こちらに来てから、相方と一緒によく空を見るようになった。
空のきれいな時は、お互いに声を掛け合う。  
「今日は、空がきれいだよ」、「月がきれいだよ」と。

相方が、「月のどこに兎が居るの?」と、たびたび聞いてくるので
テキト-に説明すると、「日本人は想像力が豊かだよね~」などと感心して、
最近は月や雲をみると、日本人の想像力を真似、独自の説を披露してくれるのだが。。。

「おっ、あの雲、アイロンみたいだね~」
「。。。。。」

まだまだみたいである。
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by zefiro04 | 2004-11-10 16:25 | ほんの日常


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