伊語とイタリアふつう生活 
by zefiro04
「教会」の呼び名の種類と語源へのギモン
12月17日のブログに、masayuki_yaさんからコメントをいただき、
その中に「ドゥオ-モ」のオルガン。。。というコメントに
「あぁ、私も教会(キエ-ザ)のオルガン。。」と書こうと思った時、
と「ドゥオ-モ」と「教会」って。。
ドゥオ-モって教会だけど、私の町の教会はそういえばパロッキア-レとか呼ばれてるし、ほかにはカテドラルとかとか。。あれあれ、これって様式の違い?それとも教会の重要度によって呼称がつけられてるの?」と、今更ながらに疑問が湧いてしまい、相方とナタ-レの夜をこの問題を話し合って過ごしてしまいました。

ドゥオ-モは、ラテン語の「ドムス」というの意味の単語から来ているようで、相方いわく「ポンペイのお金持ちの家があったじゃない。中庭を囲んで部屋が配置されてるやつ。ああいうのをドムスというんだな。そこから来てるんじゃない?」などとなんだか得意気に言うてましたが、「で、それがどうしてミラノのドゥオ-モみたいなドカ-ンとした、これゾ教会!みたいなのの呼び名になったのよ。金持ちの家を指す語が起源だとしたら、宮殿みたいなのをドゥオ-モと呼ぶようになったって方がしっくりくるんだけどお」
相方「。。。。」

結局、なぜドゥオ-モと呼ばれるようになったのかといういきさつは分かりませんでしたが、どんな教会がドゥオ-モと呼ばれているのかというと、ミラノは言うに及ばず、そこそこ大きな町で最も重要な教会を指す語、ということらしいです。でも、そこそこ大きな町でもドゥオ-モと呼ばれる教会が存在しない町もあるのですね。(ナゼ無いのかはハテナ)

それとカテドラルですが
このカテドラルには、ヴェスコボという神父さんの中でもお偉い神父さんが居るところらしい。
どの位お偉いのかは分かりませんが。。

クレモナの有名なドゥオ-モは、カテドラルでもあるらしいのですが、カテドラルだけでドゥオ-モがない地域もあるし、ドゥオ-モだけや、クレモナのような所もあるとのこと。

それと私の住む町にあるパロッキア-レと呼ばれる教会。
普段「教会」と大括りで呼ばれる中身を細分化した時に、一番下?小さい?教会に
冠される呼び名であるらしい。ちなみに、パロッキア-レの神父さんは「パロッコ」と呼ばれています。

そのほかにも色々あるようですが、(自分が)混乱するのでこのへんで。。。

私がここで「ウムっ」と思ったのは、これらの教会の呼び名の種類は、様式や重要性、誰が居るのか?などなどから呼び名は細分化されている(??)が、ヴァチカンを頂点とする教会の建物に冠された呼び名によってのヒエラルキ-は存在しないのかしらん。。というギモン。でも、ドゥオ-モはその地域での最も重要な教会を指すのだとすれば、ドゥオ-モのある地域の中での格付けはあるけど、全国レベルになると、明確な格付けは。。。どうなんだろ?日本の市町村の役場とか、県庁、都庁、国会みたいなのに置き換えると考え易いのかしらん。。。しかしこうも呼び名が出所の違うところからつけられてると仮定すると、格付けは難しいような。。。

だんだん何が言いたかったのかも分からなくなってきました。。

要するに、「教会」と呼ばれる建物に冠されたドゥオ-モやカテドラルなどなどの呼び名と
キリスト教社会におけるポジションとの関係、言葉のでどころが気になったのですが。。。
う~ん、奥が深そうです。。

このサイトは、簡単に建築物の説明がされています(イタリア語)
http://www.tribenet.it/TribeGlossario/glossario.htm

こちらは、言語学のサイト(イタリア語)
http://www.accademiadellacrusca.it/

もし「知ってるよ~」という方
お手数でなければ、教えていただけるとウレシイです。
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# by zefiro04 | 2004-12-27 20:25
24日、24時。
さきほど、24日夜24時からのミサが終わりました。

6枚も洋服を着込んで雪だるま状態で出陣するも、小さな教会内は人で埋め尽くされ
その熱気で暖かく、着込み過ぎの私には暑いくらいでした。

深夜の教会でのミサは静謐で、お香の煙がゆらゆらとゆっくり立ち昇ってゆく中で
進んでゆく儀式は、不思議な力を持っているように感じました。

歌の方は、指揮者があまりの(いつもの)下手さに顔を歪めるも、どうにか無事終了。
オルガンもお世辞にも上手い、とは言えませんでしたが、なぜかそこがまたイイ味に聞こえ、ほんわか暖かい演奏でした。

終わりにはみなで「アウグ-リ」と声を掛け合い、頬にキスを3度交わしあい
ナタ-レを祝いました。

本当は写真を撮ろうかとも思っていたのですが、誰ひとりカメラを手にしている人はおらず
静かに祈り、祝っていました。そんな彼らを見ていたら、写真を撮ることは忘れていました。

明日、もう一度ミサがあります。

アウグ-リ。
みなさんにとって思い出深いナタ-レ(クリスマス)でありますように。
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# by zefiro04 | 2004-12-25 10:05 | 音のあるくらし
教師志望のチェコ人
アンナは25歳のチェコ人。
178cmの長身に、女マリリン・マンソンってな風貌。
同じイタリア語のクラスだ。

彼女は教師志望だが、大学卒業後はすぐに教師にはならず、色々な国をまわり
見聞を広めてから自国のチェコで教師になるつもりだとか。

インタ-ネットでベビ-シッタ-のボランティアがあるのを知り、
イタリアへやって来た。このボランティアは、国が行っているプロジェクト。
小額だが報酬ももらえる。

子供たちに接することができるのもだが、イタリアという国がどのように、
どのようなシステムを用いて子供たちと関わっているのかを知ることができるので
とても勉強になると言っていた。

彼女はまだイタリアに来て三ヶ月だというのに、かなり話せる。。
チェコ人にとっても、イタリア語はさほど難しくないのだそうだ。
それに、毎日子供たちと話しているしね。とも言っていた。

なんだか、「いいなあ~」と感じ入ってしまった。

人に教えるには、豊富な知識と経験が必要だと考え
ボランティアなどを自分で探し、フワリと国境を越えて経験を積みにやってくる。。。
こんな人が教師になるのである。
生徒もさぞかし生徒冥利(?)につきるのではなかろうか(笑)

イタリア語をマスタ-したら、またどこか別の国へ行くのだそう。

この上達ぶりでは、イタリアを離れる日はそう遠くなさそうである。
私と彼女とのイタリア語上達の差は情熱の差かもな、とフと思ってしまうのでした。
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# by zefiro04 | 2004-12-21 02:41 | ひと
クリスマス(ナタ-レ)に、教会で歌う曲
クリスマスですね。
イタリアでは、クリスマスのことをナタ-レと呼びます。
皆、どのようにこのナタ-レを過ごすのかというと、教会のミサに
参加したり、家族と過ごしたり、というのが一般的なようです。

で、教会で合唱をしている私なんかが、この時のミサにかりだされるわけです。
出番は、24日の夜24時からと、25日の朝10時30分からのミサ。
結構ハ-ドであります。。。

歌う曲と、ミサの進行を紹介させていただくと、こんな感じです。。

Ingresso Cantique de Noel A.C.Adam
Kyrie Kyrie tropato
Gloria Gloria in excelsis J.Schweitzer 24日のミサのみ
Salmo responsariale Tutta la terra ha veduto C.Monti  25日のミサのみ
(strofe al lettore) Oggi è nato per noi il Salvatore G.Mezzalira 25日のみ
Alleluia Alleluja W.Boyce
Dopo il Vangelo In questa notte splendida C.Chieffo
Offertorio
Santo Santo J.Schweitzer
Spezzar del pane Christo,ver uomo e Dio Frà Serafini Razzi
Padre nostro Padre nostro Gregoriano 24日のミサのみ
Comunione Adeste fideles J.F.Wede
Quem pastores Anonim.Tedesco,1555
Nell apparir del sempiterno sole G.Soto da langa
Canto di auguri Ding,dong,merelly on high Anonim.Francese,XVIsec.
Finale Tollite hostias C.Saint-Saens

しかし、教会は寒いです。
ホントに寒いので、下手するとナタ-レと新年を、風邪で布団の中で過ごして
しまいかねません。今から、どう防寒して行こうかと思案中。

さきほど、日本から持ってきたホカロンを一つ発見したのですが、
教会での合唱は本番、練習と含めてあと4回。。。
いつ、このホカロンを使うべきか。。やはり24日の夜でしょうかね。。。
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# by zefiro04 | 2004-12-17 23:45 | 音のあるくらし
適齢期とは?
彼の友人に「伯爵」と、密かに呼ばれる男性がいる。
仕事は土木関係だが、その佇まい、洋服のセンス、身のこなしなどから
そう呼ばれている。とにかくフインキが知的である。そして、シブイ。

私は勝手に、彼にはすでに孫までいて「ファミリ-」の長として悠々自適な
生活を送っているのだと思っていた。

そんな感想を自分の相方にしたところ、
「彼は数年前に結婚したばかりで、子供も小さいよ」とのこと。
驚いて、ジゴロな生活を送った末に年貢を納めたのか?などと
下世話な好奇心から聞いてみたら、半ば呆れながらも
「そうじゃなくて、自分に合う相手を静かに待ってたみたい」と言われた。

なぜだか分からないのだが、私の知りうるイタリア男性は、よく言われる
恋愛命。女にはとりあえず声掛けろタイプとはほど遠い人ばかりだ。
北だからだろうか(??)。関係ないか。。

話しは伯爵に戻る。
彼は孫がいてもおかしくない年齢だと思うが、
依然、魅力的な風貌に、その上、人格者だ。
人生でモテなかった時期はなかっただろうと推測する。
しかし「静かに自分に合う相手を待っていた」らしい。

そんな彼を見ていて、「適齢期」とはなんぞや?
と考えてしまった。

「結婚」「適齢期」「とりあえず。。」などなどの言葉に踊らされて結婚してみるも
「こんなはずでは。。」なんて、よくある話しだし、結婚してみたら全然違うじゃん。
なんてのも、よくある話しだ。

しかし少なくとも、結婚する時点では「この人で良かった」「待った甲斐があった」など
外的要因に踊らされない結果で結婚した方が、何が起こっても後悔の度合いは少ないの
ではないか。と想像する。

知り合いや友人の中には、「この年じゃもうダメ」「一生独身」と決めてしまっている人たちがいるが、もったいない気がする。
自分が以前は独身主義者だったこともあるが、ひょんなことから結婚してみて、絶対は無いし、作らない方が幸せ獲得度が高いのでは?などと、自分の状況や伯爵を見ていて思う。

「適齢期」とは、ウヲッ!結婚して幸せになりて--、とか、好きな人がいて、結婚するスタイルを取りたいと思った時なのではないのか?と考えてみたのですが、いかがでしょうか。。。

と、いうことは、いくつになっても適齢期は訪れるわけで、人によっては適齢期状態が続きっぱなしな人も出てくるわけで。。。

「適齢期」とは、明確に何歳~何歳という規定はあるのでしょうか。
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# by zefiro04 | 2004-12-09 02:16 | いろごといろいろ


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